2023/08/25

パリの空の下、バラ色の人生
épisode 4_ 再びParisへ

連載 Ma vie en rose sous le ciel de Paris

TEXT / SUU
ILLUST / MADOKA

ソルボンヌ大学の夏季講習でフランスへの造詣を深めたみどりさん。日本での学生生活も卒業が近づき、就職先を考えなければなりません。
そんな時、お父様の一言「旅行会社に就職すれば海外旅行に安く行けるんじゃない?」…確かに。笑
そして添乗員みどりさんが誕生します。

みどりさんが就職した頃は、海外旅行がまだまだ珍しい時代。
ツアー参加者は全員出発日の前に集められます。そこでは海外でのマナーやチップの渡し方、現地の法律などなどの “海外旅行での心得” を教えられます。このオリエンテーションを受けて、晴れて海外へ出発するという流れ。

私SUUも毎週テレビで “仮面ライダー” の後に放送される “兼高かおる 世界の旅 “ を 観て、子供ながら異国の世界にワクワクしていました。。
今はなき “PAN AM(パンナム)” パンアメリカン航空もこの番組で覚えたと思います。

それから数年で日本はとても豊かになり、海外旅行も徐々にポピュラーになってゆきます。
気軽に旅行が可能になり、ツアー前の “海外旅行での心得” のためのオリエンテーションは無くなってゆき、色々な(変わった)人の参加も増えてきます。
添乗先で参加者が勝手に出歩いて迷子になる事は日常茶飯事となり、ひどい時には男性の参加者が金髪の女性に興味を持ってどこかにフラフラ付いて行ってしまう始末。
添乗員みどりさんは、そのたびに探し回ることになります。場合によっては寝れない日もあります。結構きつい。

そんな日々が続き、みどりさんは「添乗員の仕事は好きだけれど精神的にやられるし、みんながバカンスで楽しんでいる時は仕事してるし、一生出来る仕事じゃ無いかな」と思う様になります。
「グアムとか、ハワイの秋の海辺はとても寂しくて … 私も真夏の楽しい海辺で楽しみたい!!」… わかります。

そんな頃、anan を読んでいるとモデルをやってる友達のマリちゃんの「今、パリでテキスタイルの勉強をしています♡」という記事を目にします。
もともと絵を描くのが好きだったこともあり、「このテキスタイルデザインだったら私にもできるかも」とビビッときます。

textile

思い立ったら行動の早いみどりさんはテキスタイルデザインについてすぐ調べます。
テキスタイルデザインは洋服のプリントやインテリアの生地、さらには瀬戸物の絵付けまでテキスタイルデザインと呼ぶらしい。
「これは幅広い分野で面白いかも!!」そう思ったらすぐに六本木のデザインスクールにテキスタイル科があることを調べ上げ、週2回、夜間スクールに通い出しました。

当時のテキスタイルデザインという分野はまだまだマイナーで、教室に女性はみどりさん含めて3人しか居ません。
ここでの勉強は、旅行会社に勤めながら1年間続きます。

勉強を始めて1年間くらい経った頃には「この仕事だったら出来るかも知れない」と真剣に考え始めます。ここでも思い立ったら行動の早いみどりさん。
「それなら本場のパリでちゃんと勉強しよう! それならパリのT子さん(エピソード2参照)に相談だ!!」

頼りになる、パリのT子さん。今度はT子さんの旦那様、Nさんが登場します。
Nさんは日本人ですがパリで ”絵描き” つまり画家として暮らしています。憧れます。

Nさんは毎週日曜日に、ブーローニュの森の中にあるバガテル広場でソフトボールを楽しんでいました。
当時のパリには、日本人画家たちや日本企業のパリ支店勤務の日本人、日本人料理人や日本人パティシエが体力づくりに始めたソフトボールチームがいくつかあり、現在でも続いています。
(日本人は野球に関して独特な思いがあって、野球は広さ的に出来るスペースが無いのでソフトボールになったようです。その時代は日本人が中心になってやっていました。現在では伝統を守りながら国際親善に役立てたいと、国や地域に関係なくあらゆる国のチームがあります。)

そのソフトボールのメンバーに、あの ”ニノさん” が居ました。そう、ESMOD JAPON 学長 の ”ニノさん”です。

Nさんは “ニノさん” に相談します。 “ニノさん” はみどりさんに、自身が卒業した「ESMOD 」を紹介するのです。
ここでやっと “みどりさん” と “ESMOD” が出会います。あの ”ニノさん” も一緒です。笑
みどりさん → T子さん → Nさん →ソフトボール → あの “ニノさん” → ESMOD です。素晴らしいリレーです。

そうやってみどりさんは、再びパリへ向かうのでした!!

エスモード・パリ 当時のパンフレット
みどりさんらしいメモが
MIDORI KOSEKI
小関 みどり / 元 ESMOD JAPON 講師
フランス語に興味を持ちアテネ・フランセで語学を学ぶ。旅行代理店での添乗員をする傍らテキスタイルデザインを習得し、その後渡仏。
パリで、後にESMOD JAPONを設立する仁野 覚氏と出会う。仁野氏と共にESMOD JAPONを設立に尽力。設立後、同校にてテキスタイルデザインの講師として勤務。
現在は自身の人生の軌跡をまとめながら、教え子たちの繋がりを再構築している。
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TEXT:SUU
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