お茶染めを静岡の文化へ。
染色家 『お茶染め Washizu.』鷲巣 恭一郎
TEXT / SUU
PHOTO / MADOKA
『お茶染め Washizu.』は静岡にある、お茶で染めることに特化した染色工房。暖簾の製作や、オリジナル商品のクッションカバーやバッグ、小物入れなどを製作しています。
私が『お茶染め Washizu.』さんを知ったのは、東京 渋谷のHikarieで開催された全国のクラフトを集めた展示販売会。そこで展示されていたクッションカバーがなんともモダンで迫力ある存在感。一目惚れです。
そのクッションカバーを製作したのが、今回お話を伺った『お茶染め Washizu.』鷲巣さんです。

『お茶染め Washizu.』の鷲巣 恭一郎さんは静岡生まれの静岡育ち。実家である、明治時代から続く染め物工房「鷲巣染物店」の5代目。
取材でお会いした鷲巣さんは端正な顔立ちの男前。まるで歌舞伎役者のような佇まいです。一つのことに精進する職人は男前が多いのでしょうか(笑)。

職人の街、静岡市出身。実家の染色工房「鷲巣染物店」5代目。
静岡の基幹産業である「お茶」の製造工程で廃棄される茶葉を活用した「お茶染め」を独自に開発。
2021年には静岡市の伝統工芸体験施設「駿府の工房 匠宿」染工房 工房長就任。染色のみならず、静岡の職人文化伝承のため幅広く活動中。
鷲巣さんが染め上げる「お茶染め」は、静岡の名産である「お茶」の製造工程で出る、捨てられてしまう茶葉を使って染めます。
その色合いは、黒と、黒に近い茶色、深い墨色がそれぞれ混ざり合ったような … なんとも深く静かで、凛とした色合い。その深い墨色に、抜染によって大胆な幾何学模様が、黄色がかった明るい茶色 … 黄土色で表現されています。
何とも形容し難い深い色合いを、鷲巣さんはお茶を使って染め上げる、染色作家なのです。
しかも、「お茶染め」という新しい染色技法を開発した当事者でもあるというのが驚きです。

お茶染めのはじまり
静岡の染め物屋さんの家に生まれた鷲巣さんは、高校まで静岡、大学は浜松で過ごします。
進路について「大学をでたら東京などで仕事をして、30歳をすぎたら静岡に戻って家を継ぐんだろうなぁ …。」という程度に漠然と考えていたそうです。
しかし就職活動をしている最中、お父様に病気が見つかり大学卒業と同時に実家の「鷲巣染物店」を継ぐことに。
何もかもが突然のことで、染めのことは何も知りません。職人さんに教わりながら、試行錯誤の日々。
そうやって始まった染物の仕事。
当時の鷲巣染物店の仕事は、化学染料を使った型染めの下請けが100%でした。しかも巷にはインクジェットプリンター等で染められた安いプリント生地が出回りはじめます。
当時を振り返り、鷲巣さんは言います。「技術を持った職人が手作業で行っている染物が、言い値で受けざるを得ない現状があり、行き詰まりを感じていました。」
そんな時、転機が訪れます。静岡の職人が集まる会合で同世代の職人たちと話す中、染め物にも「作家」という職業があると知ります。
鷲巣さんは「作家になれば自分の仕事に自分で値段をつけることができる! 染色作家になろう!」と思い立ちます。そして目を向けたのが、地元 静岡の基幹産業である「お茶」です。
以前先輩から「捨てるお茶の葉があるから、染物に使えるだろう」と、置いて行かれた茶葉が倉庫にあったのを思い出します。「当時 “草木染め”は行っていなかったのに、先輩なので断れなかったんです。」と鷲巣さん。運命でしょうか。その茶葉を引っ張り出して染めてみることに。
鷲巣さんの「お茶染め」の始まりです。


私はお話を聞くまで、「お茶染め」は静岡で行われていた伝統的な染色技法と思っていました。
しかし当時「お茶染め」に特化した技法は無く、鷲巣さんが草木染めの文献などを参考にしながら独自に確立した染色方法とのこと。すごいです。
身近な存在であるお茶。過去にはお茶を使って染められたこともあるはずですが…「お茶よりも染まりやすい天然染料というものはありますから、あえてお茶で染めるという選択がなされなかったのではないか」と鷲巣さん。なるほど。
試験を重ね、辿り着いた「お茶染め」。
鷲巣さんには、完成形のイメージする色があったと言います。「自分がカッコいいと思うこの色。他の色も試しましたがこの色以外はモチベーションが持てなかった。」
それがこの、独特の墨色。

そしてクッションカバーなどに大胆に染め抜かれているモダンな幾何学模様。この柄のモチーフは「お茶畑」だそう。
大胆にデフォルメされていて、お話を聞くまで気付きませんでしたが、確かに言われてみれば、お茶畑を上空から見たイメージです。これがモダンでとてもカッコイイのです。
鷲巣さんはデザインの勉強はしていないそうです。デザインの源は多くの染物に触れながら培ったのだと謙遜しますが、いえ、元々持っているセンスなのでしょう … 。羨ましいです(笑)。

お茶染めを文化に
「この染めを静岡の文化として広めてゆきたい。それには「お茶染め」イコールこの色と、解りやすさも大切。」
鷲巣さんが染めるお茶染めは、静岡で育てられたお茶の葉で、静岡の象徴でもあるお茶畑をモチーフにした柄を、静岡の工房で染め上げています。素晴らしいブランディングです。
「お茶染め」に対する明確なブランディングイメージを持っているからこそ、直球で心に響くのかもしれません。
そして鷲巣さんはお茶染めのレシピをいろんな方に教えています。
「そうすることで自分のテイストじゃないお茶染めがひろがってゆきます。その方が急速にお茶染めが広がってゆくし、みんなで染めた方が技術がブラッシュアップされてゆく。そうやってそれぞれの技法が生まれて、それを聞き合える。そんな環境をどんどん作っていきたい。」
今では鷲巣さんのもとから巣立った工房が6軒にもなります。それぞれでブランドを作ったりと、自由に広がっているそうです。
鷲巣さんの言う「お茶染めが静岡の文化となっていって欲しい」との思いが少しずつ、かたちになっています。
駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)
現在鷲巣さんは、静岡の伝統工芸体験施設「駿府の工房 匠宿」染工房 工房長でもあります。
この施設は静岡の多様な伝統工芸を紹介し、体験できる施設。驚いたのは、参加している職人さんの工房を併設しており、体験のお客さんが居ない時も工房として稼働を続けているということです。

実際『お茶染め Washizu.』さんも、こちらの工房と元々あった工房との2拠点で活動しています。


その土地の伝統工芸を体験する施設は、他の地域でもあります。しかし観光客で賑わう週末と、学校の体験実習で子どもたちが訪れる以外はほぼ稼働していないのが実態。
ここ「駿府の工房 匠宿」のように、職人が通常の仕事の中に溶け込んで運営している施設は珍しいのではないでしょうか。

染め物・駿河竹千筋細工・木工・漆・陶芸など様々な職人が集い、切磋琢磨できる場所。そして建築デザインも素晴らしく、クリーンで明るい施設。素敵なカフェも併設されています。
昨今日本の匠を継いでゆく若者が集まらないと問題になっていますが、工房がこのような素敵な場所でしたら、働いてみたいと思うのではないでしょうか。
職人として、まずはスタートするきっかけにはなる気がします。私も働いてみたいです(笑)。

今回鷲巣さんにお話しを伺い、新しい職人の姿を感じました。
職人といえば、自身の持つすばらしい技術を一部の人にのみ教え、多様化させないことで伝統の技術を守ろうという方法が多いと思います。
しかし鷲巣さんは、自身の技術をあえて隠さず伝えてゆくことで「お茶染め」をひろげ、数多の作家が生まれることにより多様な「お茶染め」が、静岡の「文化」となることを目指し活動しています。
この活動は「お茶染め」にとどまらず、静岡の匠の伝承に繋がってゆくのではないでしょうか。
今度は他の工房も訪ねてみたいと思います。

Naturally Tea-Dyed Cushion Cover
ブランド情報
- お茶染め Washizu.
- https://www.ochazome-shizuoka-japan.com
- 駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)
- https://takumishuku.jp
